2012年4月12日木曜日

脳性麻痺児の鍼治療


松岡先生のおっしゃること、良く分りましたし、同感すること多いです。
私は来日9年になる中国出身の人です。日本の事もある程度分ってきました。

「実は昨年にフィリッピンに住む日本人のお母様から脳性麻痺のお子様の鍼灸治療について質問がありました。その時私は以上の事情があるので「何とか貴女自身が鍼灸を学んでお子様の治療を行いなさい」とアドバイスしたのです。
我が子を治したい一心で必死に勉強すれば、必ず腕が急速に上がるはずでしょう。とも書きました。」の先生のお言葉がとても心に響きます。

私は中国出身で、1999年40歳の時、陣痛2日後、帝王切開で娘を生ました。当時、来日1年で、日本人の夫の「日本は医者任せだから」と言う通り、医者任せでした。もっと早く「手術してください」と言わなかったこと、後になって、夫も悔やんでいました。「仮死状態だから、手術する同意書にサインしてください」と聞かされたとき、「昨日から病院にいて、仮死状態になるまで、医者はなにしたの!?」と怒りたいのを我慢して、一刻も早く手術できる様にしたことは、後に聞きました。

娘が生まれた時は産声が聞こえなく、ただ「う、う」だけ聞こえました。2290g体重でしたが、病院は40週生まれで成熟だと、保育器の中には入りませんでした。10ヶ月検診で、発育遅れと言われ、精密検査(MRI、血液検査、染色体検査、聴力検査など)しましたが、異常見つからずと言う結果でしたが、療育園に紹介され、「原因不明の発達遅れ」と診断され、3ヶ月入所を勧められましたが、「いやです。中国に帰ります。」と言って、2000年6月中国に帰り、いろんな医者にみてもらいました。

中医にも西医にも、出産過程延長で、脳に酸欠状態が続き、脳細胞がダメジーを受けたことが発達遅れの原因だと言われ、毎日、高圧酸素箱(?)の中で50分くらいいる療法を2週間受けました。その前に、別のところで小児スイナも2週間受け、足が冷たい、お腹が張ることが良くなりました。中国に行く前は、何ことにも興味がなく、表情もあまりなかったですが、2ヶ月後、日本に帰ると夫がびっくりするほど、丈夫になって、大分元気になりました。それから1歳半になった娘を連れて、PT、OT訓練に通いながら、ベビースイミングに通い始め、2001年末2歳10ヶ月で、歩ける様になりました。


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2002年9月、3歳半の時、偶に単語がでて、10個くらい、言いましたが、2003年4月、保育園担任の先生が変わってから、単語も出なくなりた。2003年8月、4歳半ごろ、熱出して、痙攣を起こして、入院5日間しました。3週間後脳波検査し、3ヶ月後も、痰がのどに詰まって、呼吸困難、顔色、唇色がだんだん紫色に変わるところ、私が対口吸引して、痰が切れて、顔色、唇色が正常に戻りました。担当の医者に言ったら、癲癇発作だった可能性があるといわれ、脳波検査して、癲癇と診断され、それからずっと朝晩服薬してます。

2004年3月に北京に行って、賀普仁先生から3ヶ月針治療を受けました。毎日バス乗り換えで、通院してましたが、歩く距離が20分以上あって、抱っこしたり、手を引っ張って歩かせたりして、腕が疲れましたが、1ヶ月以上針治療したところで、ある日、手を握ったら、すーっと歩いて、それから、楽に歩ける様になり、とても感心し、嬉しかったです。

2004年2月に1回癲癇発作があって、それから、2005年2月まで1年間発作がなかったです。針治療のお陰で、もう治ったかなと思ったら、3月、4月、5月、月1回発作を起こし、毎回呼吸困難で救急車を呼び、3回入院しました。付き添いで、私も疲れ果て、体調を崩し、仕事を止めました。

5月の発作は、駐車場で車の中で、発作の過程を、ただただ見ながら、救急車を呼ぶしかない、その時の心境、ことを思うと、何かしないと、という思いで、日本で針治療が可能かどうか、インタネットで探して、探して、いろいろ無理があること、それなら、私が針の勉強をしようと思いました。

結局、針の勉強も東京の針灸学院に通うことが不可能だったので、そんなこんなで、インタネット上を毎日、探すところで本草薬膳学院のホームページを見て、通信コースの薬膳の勉強しようと決め、勉強を始めて、半年過ぎました。いろいろ学び、普段の食生活で、いろいろ応用し、効果もあって、本当に楽しく勉強してきました。


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昔、針の勉強を少ししたことがあって、北京で賀先生の本『針具針法』を買って、よんでみたり、賀先生が刺すツボを覚えて、日本に帰ってからもしばらく週2、3回刺しましたが、だんだん自分が刺す針がどれほど効果があるか、分らなく、自信がなくなって、止めました。でも、いろいろ調べて、癲癇発作に有効なツボ(太衝、百会、中皖合谷)を覚えて、発作が始まるとき、押してみたら、太衝を押すとすぐ反応して、顔色も戻りました。7,9,11,1月と2ヶ月1回、発作を起こしましたが、そのたびにツボ押しで、5分〜10分くらいで収まりましたが、段々ツボ押しの反応が鈍くなっている� ��じです。そこで、1月は、太衝に針を刺して、収まりました。

1月中旬に中国の針灸医者陳青が4年針治療して、脳性麻痺の子が普通になったこと聞いて、関連記事をいろいろ探して、何回も何回も読んで、子供が普段の生活をしながら、針治療を受けるには私が本気で勉強するしかないと思い、12経絡の勉強をしています。

発作の夜、子供が熱(37.9度、のどの奥が5mmくらい赤くなって、風邪が始まったばかりと思いました)で目がさめて、2時から4時まで、本を読みながら、手太陰肺経、手陽明大腸経、手少陰心経、手太陽小腸経の手のツボを覚えながら、押したりして、眠っていたのが、6時10分、発作が始まって、目がゆっくり動き、唇が段々黒くなる時、左足太衝を刺したら、針が入らなく(硬直した感じはなかったですが)、曲がりました。中皖を刺したら、お腹が中で、ぐるぐる音がし始め、少商、商陽、少衝等を刺して、少衝からプッーと黒い血がでて(1滴位の量)、唇の色が元に戻りましたが、左手をひねって、左足も硬直したことが目に入り、まだ収まってない、どこ刺そうか?・・・百会と太衝を刺して、手足が� �ばっていたのが、正常に戻り、翌日午前中まで寝て、元気になりました。始めから戻るまで、10分間のことで、とても強烈な印象を受けました。(先生の「瀉血療法について」を拝読しました、中国の俗話の通り「初生牛虎怖がらず」でした。あまり使わないことにします。)

今、娘が小学校1年生で、身辺自立がまだできないことと、言葉が出ないことで、春休みの間、中国に行って、針治療受けながら、私も覚えて、帰って家で、針しようかと考え中で、いろいろ調べているところ、松岡先生のツボ探検隊に出会い、先生がQ&Aで丁寧に説明した文章などいろいろ読んで、私も質問したく、メールしました。


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中国の○○にいる妹の同僚の娘が、生まれて10日くらいで、熱を出して、両足が内転して歩けませんでしたが、すぐ、針灸、推拿、中薬いろいろ治療してもらって、1歳半で歩けるようになって、2歳からの癲癇が10歳で治って、現在18歳で、専門学校幼稚園先生コースの勉強をしています。そのお母さんと連絡を取って、いろいろ情報交換したところ、やはり針灸が一番効いたことと癲癇が治ってから、脳の発達が著しく、ゆっくりだけど、勉強も出来るようになったことが分りました。そのお母さんが、昔のことで、針の先生が見つかるかどうか、探してみる、ということで、今待っています。洛陽に姉が住んでいて、福州の陳青医者当てに 手紙を出して、そちらの返事も待っているところです。

中国では、針治療は痛いけど、難病に良く効きますから、子供の一生を考えて、親が決めて、毎日子供に針治療させるのは、良くあることです。家の子も最初は泣いたけど、その内慣れて、平気になりました。北京の賀先生の診療所では、私と娘が行く時間帯にも10人くらい治療受けに全国各地から、来ていました。近くの旅館に3ヶ月も6個月も泊まって、毎日子供に治療受けさせる親を、10何人見ました。借金をしてでも、子供を治したい一心で、懸命に治療に通う親たちをみると、私も元気つけられ頑張れました。

賀先生の刺すツボは『針具針法』にも書いてある通り、四神聡、唖門、心兪、通里、照海と斜視があったので、聴宮、臂臑を加えていました。斜視のほうは大分良くなった感じですが、ぼうっとすると斜視になります。興味があることに集中する時は普通ですが、斜視より脳の発達のほうが気になります。松岡先生からみれば、上のツボを続けて刺して良いと思われますか?


「(脳性麻痺児の)中国での鍼治療」上海中医薬大学付属:龍華医院はこの朱先生のお膝元で、他に比べたら臨床例を多く持つ鍼灸医もおられますので、良質な頭皮鍼治療が受けられると思います。
この医院で推拿(スイナ)の治療も受けられるはずですので、頭皮鍼と両方の治療を受けられると良いでしょう。
龍華医院は地下鉄1号線:上海体育館駅を下りて南東に10分程度歩いた所、宛平南路725号 (電話(上海021ー6438ー5700)に有ります。上海でも中心部に近い所ですから、通いやすいと思います。(もっとも総合病院ですから非常に混んでいます。)]
を読んで、朱明清先生のことも知り、上海中医薬大学付属の龍華医院の鍼灸科のほうに行くことも、連絡を� �って、泊まるところを探して、など、いろいろ考えてみます。施術者によって結果がどれほど違うことか、ということも良く分りました。
針の治療も、針の勉強も長い時間をかけないとできないことは、分ってきました。娘の為に母親の私にしか出来ないことだと自覚し、長い年月をかけて、実践してみたいと思っています。

長い文章になって、先生のお時間をいっぱい取ってしまって、ごめんなさい。
先生の返信メールにとても感心したもので、つい長い文章になりました。
どうもありがとうございます。

こんにちは、松岡です。
メールにて○○様の詳細を大変興味深く読ませていただきました。有り難うございます。

北京の賀先生の所へは私も以前に研修に行きましたが、確かに多くの脳性麻痺やてんかんの子供達が訪れていました。


松岡先生、
こんにちは。先生作成のホームページをいろいろ拝見して、勉強しています。お世話になっております。
賀先生のところは、2004年春の時、治療費が一療程12回、1800元でした。
1回当たり、150元になりますね。3ヶ月だと、1万元あまりでした。
それくらいは、日本人の親も覚悟していると思いますけど・・・
友達が長春児童病院の康復中心の主任なので、2000年6月に見学したこともありますが、子供達が毎日PT、OT、ST、脳に針通電の治療で、2、3ヶ月親が連れて通っていました。
あのときは、家の子供もそれが必要だと、まだ、理解できなかったので、友達もあまり勧めなかったです。
中国では、最初はやはり毎日することで、お金をいっぱいかけても、治せるなら早く治� �てあげたいという気持ちですね。その内、長い時間がかかることが段々分ってきて、気長に治療するようになりますが。
私の体験ですけど。実際に賀先生のところに来ている人達は、針効果のことをお互い交流して、効果が顕著な子と、まああるという子と、いろいろありましたが、家も3ヶ月治療で、ある程度効果があって、日本に帰りました。

 



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